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緑の島
彼女の背中には、梅雨になると苔が生える。
六月の朝 雨音で目を覚ますと、僕は隣で眠るその背中に今年もそれを発見した。
彼女の身体に苔が生えると知ったのは三年前。
初めて発見した日は毛虫かと思いぎょっとして、
慌てて飛び起きたのを覚えている。
「言ってなかったっけ?子どもの頃からなの。」
僕に叩き起こされた彼女は、眠気まなこでそう言った。
ベッドサイドに置いてある眼鏡をかけて、例年通りおそるおそる顔を近づけてみる。
小さな島のように生えているそれは、やはり本物の苔だった。
少し湿っていて、青々していて、土っぽい匂いもちゃんとする。
梅雨が始まるとこうして生えて、明けると同時にきっと跡形もなくなるのだ。
彼女曰く、痛みもないし、かゆくもないらしい。
一年に一回、背中の一部に苔が生えるというふしぎな現象。
僕の彼女はもう二十年以上前から、これとつきあってきたという。
僕は彼女が起きないように、そっと苔に触れてみる。
ひんやりとしていて、柔らかい
なんとなく、この冷たさが落ち着くのだ。
彼女の安らかな寝息とともに、肌に生えた緑の島はゆっくりと上下している。
あとで起きたら、今年も苔が生えたと伝えよう。
僕は眼鏡を戻し、再び静かな眠りについた。
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