朝を待つ町
もう何年、朝が来ていないだろう。
その町には長いこと、朝が訪れていなかった。
町は一年中暗く、人々は皆その生活に慣れきっていたが、
食べ物が育たないので、事態は決して喜ばしいことではなかった。
朝とは、巨人の名前である。
朝は、太陽を手に持って、毎日地平線を跨いでやってくるとても大きな巨人だった。
朝がどうして来なくなってしまったのか、その理由は明白だった。
町にはもう、朝が来れるだけの広い土地がなかったのである。
その昔 町には広い土地が余るほどあって、朝は太陽を片手に大地の真ん中にどしんと腰を下ろし、役目を終えるまで昼寝をすることさえできた。
しかし今では高い建物が所狭しと立ち並び、世帯の数も増え、町はぎゅうぎゅう詰めになっていた。
空は狭くなり、朝の居場所はどこにもなかったのである。
大人たちはこのことを知っていたが、見て見ぬふりをして何年もの時が過ぎた。
人々の肌は白くなる一方だったけれど、食料は他の土地から輸入できていたし、町は暗いままでもなんとか維持できたからである。
町中散りばめた宝石のように輝いている人工的な明かりもそれは綺麗だったし、
「朝が来ない町」として、その町はすっかり観光地になっていた。
人々はこれもまたよしと、いつの間にか暗の生活を愉しむようになっていた。
しかし、朝が来ないのはそれなりに寂しいことだった。
朝が来なくなってから五十年の年。
かつて朝というものがあったことを知る人々はだいぶ年老いて、自分の孫や子どもたちが朝を知らないということに
危機感を覚える大人が増えてきた。
そんな町の声もあり、その年、町長はついに朝を呼び戻す計画を発表した。
計画は、海から山まで一直線に、朝の通り道を作るという大規模なものだった。
通り道に立ち並ぶ住居や建物は一斉に退去することになり、人々は荷造りをして、思い出の家を引き払った。
「これで朝も来るだろう。今夜は、最後の夜になるぞ。」
町長から通達が出され、人々はいつもつけていたランプを消して、朝が来るのを待つことになった。
あたりは久しぶり真っ暗な闇に包まれ、町はこれまでにない静寂に満ちていた。
すると、地平線を見つめていた灯台守が、
「来ました、朝です!」と声をあげた。
地平線の向こうに、この世のすべてを集めたような光が浮かび、
その下から大きな腕が現れた。
家の窓から海を眺めていた人々は、未だかつてない明るさに思わず目を覆った。
朝はゆっくりと立ち上がり、太陽を掲げてじっと町を見ていた。
「朝よ!どうか、来てください。あなたのために道を作りました」
町長は灯台に登り、朝に歓迎の旗を大きく振ってみせた。
するとしばらくして朝が頷き、その一歩を踏み出すと、大きな余波がざぶうんと押し寄せ、町を大きく揺らした。
ざぶうんざぶうんと海を歩いて、朝は開けたばかりの土地に久しぶりに足を踏み入れた。
目もくらむ光が町を包み込み、家中のカーテンが、一斉に閉められた。
好奇心旺盛な子どもたちはカーテンの隙間から、恐る恐る目をこらしてしか朝の姿を見ることができなかった。
その日、朝は一日をかけて、太陽を片手にゆっくりと山までの道を歩いて行った。
朝が山を越える頃、人々は歩みを見届けられぬまま、ぐっすりと深い眠りに落ちていた。
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